2012年12月20日木曜日

信用できるかできないか パート2

昨日の続きですが

ではどうやって判断しているのかですが、一言で言えば態度が滲み出る。

最もわかりやすいのは実際に会って観察するのがよく瞬時にこの人はどういう人なのかがわかります。これはもう隠しようがなくどんなに巧妙に画策しようが少しの動作だったりでわかるものです。

視線、息遣い、仕草、語尾、足音、などなど要素が多くありますので比較的わかりやすい。
そして最終的に人によって態度を変えるのです。
前に一度(もう5年ほどまえ・・か・・)、三井物産のヒデキ(友人)の話をしたのを覚えていますか。
作業服に変装しコンパ云々。

人で態度を変える者は必ずと言っていいほど「心の奥底に何かしらの見返り」を求めています。
これは経験から言ってかなりの高確率です。
100人いれば105人くらいの確率で。

人によって態度を変える者の大半は地位や名誉、財産、何かしらの見返りが狙いです。持ち上げながら感じよく笑顔を振る舞うけれど、一定の見切り判断を持っていて見透かされた、相手にされないとわかれば、見向きもしなくなり、逆に憎悪へ発展し稀に至るところで中傷行為へと移行します。


わかりやすく説明すると、髪ボサボサのおっさんがジャージ上下でハイブランドの洋服を買いに行けばほとんどの店員はあまりよい対応をしないでしょう。

中には見下すように「うちの洋服買えないだろ」的な見方をしてしまい鼻で笑い他の方の接客を優先するでしょう。

しかしヴォーグCEOとわかれば態度が豹変し、やらなくてもいいようなサービスまでしてしまう。

このように人によって対応の仕方を変える人が最終的に望んでいるものはやはり「見返り」他ないのです。

このような話を知人から聞いたことがあります。

ある医療メーカーの社長は新人面接の時に、汚い格好をしサングラスをかけ杖を持ち盲目の人へと変装。エレベーターに乗れないのを面接を受けに来た者へ訴え助けるか助けないか、それで一次か二次か忘れましたが面接の合否判断したそうです。


しかしなぜ人を見た目や地位、財産、その他諸々を評価の基準とするのかですが、育った環境や生まれつき、教育の差だと判断しています。

広義に「強固思想」と「柔軟思想」に大別できます。

強固思想は前者のように地位や財産、人により態度を豹変する者を指し、それと逆を柔軟思想と定義しています。

勿論普段の習性も違うわけでブログやフェイスブックなんか見ていたら丸分かりです。

わかりやすくいえば・・・・



強固思想は本来の自分ではない自分を飾り、知能があるように他人に誇示する。努力はしても無駄という思想ですからほぼ運に任せっきり。平均台の上をうまくカッコよく渡れればなんとかなる、という思想。

柔軟思想は常にハングリーで悪く聞こえるかもわかりませんが現状にいつも不服。無理、などの言葉は無いと考え自分でできると信じ努力を続けるタイプ。よってどんどん成長する。

人によって対応を変える者は、自分自身の内面が成長しないと判断しているため、外側いわゆる外見や財産、地位を重要視し一生懸命飾ろうとします。
しかし、できない部分が多い(鎧で武装できない)から、地位や財産のある人の身近というのを強調し、願わくばおこぼれ、もしくは奪おうと狙い続ける、という者。

これがすぐわかります。

何年も数えきれないほど対応していたら不思議とわかります。
真剣なのか、息づかいはどうか、汗をかいているのか、一生懸命努力しているのか、ただどう反応するかただ試しているだけなのか、笑っているのか、凹んでいるのか、嘘か本当か。

最終的に何を考えているのか。

そしてどういう人間なのか、探りながらやり取りしてると最終的にポロっといい意味でも悪い意味でも本音が出たりします。

鉄則としては全て平等に対応。そこからどう変化していくかは時に身を任せる。