こんにちは、永山です。
少しお話をしますのでお付き合い下さい。
--“イノベーション”の解釈 --
様々な場面で、― 企業は創造性を育まなければならない ― とよく言われます。
あなたも見たり聞いたりしたことがあるはずです。
しかし、そのように言う人たちは『創造力』と『革新力』とをまったく区別できていません。
ためしにお知り合いのマーケティングコンサルタントへ聞いてみたらわかります。
大体、「なにそれ。結局、イノベーションでしょ?」と返ってくるはずです。
私が簡単に説明します。
創造力は新しいことを考え出すことであり、革新力は新しいことを実行することです。
この差は決定的であって、全く違う意味です。
実際、企業内を見渡せば、アイデアを生み出す仕事はかなり盛んではないでしょうか。
しかし、
・アイデアを考えつくこと(ideation)
・革新をすること(innovation)
は、けっして同意語ではありません。
ここに二人の建築家がいるとします。
一人は素晴らしいデザイン性に優れた建物の構想について話すけれども、設計図さえ描こうとしない。
もう一人は同じ構想を持ちながら、実際に設計図を描き、最終的に建ててしまう。
どちらが本当の建築家でしょうか。
多くの企業には前者のような人、いわゆるアイデアマンがあふれています。
アイデアマンだらけ、と言ってもいいくらいです。
不足しているのは、アイデアを実行に移すノウハウ、エネルギー、勇気、忍耐心の持ち主です。
人間は創造的であればあるほど行動に無責任とも言えます。これはどういう意味なのか。
その理由は、アイデアやコンセプトを創造することがその人間の唯一の才能であり、たった一つの売り物だからです。
よって、アイデアを現実化させるうえで必要な、地道で複雑な仕事をこなすだけのエネルギーも忍耐心も、さらにいえば関心すら持ち合わせていません。
事実、臨床心理学者たちがロールシャッハ・テストやストロボスコープを使ったテストで、アイデアマンと言われる方の無責任さをしっかりと証明しています。
アイデアが提案される時のしかるべき手順とは、どのような行動が具体的に必要なのか、コストやリスク、必要となる人員や時間、それを統率し、責任を負うべき人物はだれか。
少なくともこれらについて提案に盛り込ませることが必要となります。
他にも、
過度なデータ主義者も考えものだと言えます。
人間から識別力や判断力を奪うには、膨大なデータや情報を注入することです。
データは情報ではありませんし、また情報は意味ではありません。
データを情報に、情報を価値に変えるには何らかの加工が必要になります。
それが“思考”です。
電子は、物理学者の言葉で語られる限り、物理学者たちが知っているとおりのものです。
では、“顧客”はどうでしょう。
マーケターやリサーチャーといったマーケティングの専門職の理解に任せておけば大丈夫なのでしょうか。
間違いなく、そうではありません。
事業とその業績に責任を負う人々は、現場に出向いて、みずから理解に努め、思考しなければならないのです。
最後に、マーケティングマインド、マーケティング力についてですが、これらはきわめてユニークでもなければ、とらえどころのないものでもありません。
これはどうも勘違いされがちですが、“才能”によって大きく変わる、進化する、生まれる、という解釈です。
これは完全に誤解であり、才能ではなく、“能力”や“スキル”なのです。
当然、引き出すことができて、開発し、強化できるものです。
社内で「アイツにはそれがあるのか。」と考えてしまう事自体がいけないことです。
どんな仕事でも、初めから名人という人はいないでしょう。
例えば、外科医は手術という高度なサービスを提供しますが、名医と呼ばれる人でも、患者の生命を危機に陥れるような失敗もあったはずであり、それが何度となければ、いまの存在、今の地位が無い、ということです。
ファーストリテイリングの柳井氏の言葉を借りれば
『僕はずっと失敗してきた。今までのどのビジネスでも一勝九敗くらい。
唯一成功したのが“ユニクロ”です。』
色々と柳井氏を批判されておられる評論家は、失敗を繰り返し重ね苦しんだ過去なんぞ知ったことではないかと思いますが、成功をつかむための努力は私達が想像できないほどされているのは確かでしょう。
失敗をやむを得ないことと開き直るつもりは毛頭ありませんが、専門能力の習得には『しかるべき時間』が必要です。
これは個人であろうが組織であろうが変わることはありません。
どう時代が移り変わろうと変わることは無いのです。
それでは、今日はこれで終わりです。